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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)2981号 判決

原告 東洋水産株式会社

右代表者代表取締役 森和夫

右訴訟代理人弁護士 舘野完

同 村上實

被告 日清食品株式会社

右代表者代表取締役 安藤百福

右訴訟代理人弁護士 安原正之

同 佐藤治隆

同 高野裕士

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六八二四万二五九八円及びこれに対する昭和五五年四月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告と被告は、昭和四八年一二月二八日、被告の有する登録第九〇九三〇五号の実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)について、次のとおりの契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 被告は、原告に対し、本件実用新案権について通常実施権を許諾する。

(二) 原告は、被告に対し、契約締結時に四〇〇〇万円の契約金を、毎月末締切翌月一五日払でカップ入り即席食品一食につき一円の実施料を支払う。

2  原告は、被告に対し、本件契約に基づき、契約日に契約金として四〇〇〇万円を、昭和四九年一〇月一日から昭和五一年六月末日までの実施料として二八二四万二五九八円を支払った。

3  ところが、昭和五一年七月一九日、登録第九〇九三〇五号の実用新案登録(以下「本件実用新案登録」という。)は、これを無効とする、との審決が下され、昭和五五年一月二四日、右審決は確定した。

4  本件契約の締結前である昭和四七年七月から締結時までの間に、被告は、株式会社イトメン、松永食品株式会社、エースコック株式会社、徳島製粉株式会社らとの間で、本件実用新案権の技術的範囲及び有効性の問題で係争しており、特に松永食品株式会社との間では、被告側が二度にわたる製造、販売差止の仮処分を執行し、これに対し松永食品株式会社が無効審判を請求するという激しい争いが新聞紙上をにぎわせ、右争いについては業界衆知のところとなっていた。本件契約は、このような状況下で、被告側の強い要望に基づき、締結されたもので、締結に至るまでの数回の交渉の経過の中で、被告の代理人である常務取締役砥上峰次は、原告が本件実用新案登録の有効性について懸念を表明したところ、「大丈夫、心配ない。東洋水産には迷惑をかけない。」旨明言した。そこで、原告は、本件実用新案登録が有効に存在することを前提に、本件契約を締結するに至った。しかるに、本件実用新案登録は無効となったのであるから、本件契約は要素に錯誤があり、被告が主張する支払ずみの契約金及び実施料についての不返還の約定を含め、契約全体が無効である。

したがって、無効の本件契約に基づいて原告が被告に支払った前記六八二四万二五九八円は、法律上の原因なく被告がこれを利得したものであり、原告は同額の損失を被った。

5  仮に4の不当利得の主張が認められないとしても、被告は、原告に対し、前記砥上の言により、本件実用新案登録の有効性を保証し、もしこれが無効となった場合には契約金及び実施料を全額返還することを約したのであるから、原告は、これらの返還請求権を有する。

6  よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、予備的に合意による返還請求権に基づき、前記六八二四万二五九八円及び訴状送達の日の翌日である昭和五五年四月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4のうち、被告が株式会社イトメンとの間で係争していたこと、松永食品株式会社に対して製造、販売差止の仮処分を執行したこと、同社が無効審判を請求したこと(ただし、その後取り下げた。)、本件契約の締結に至るまでの数回の交渉に被告側は常務取締役砥上峰次が当たったことは認め、その余の事実は否認する。

3  同5は否認する。

4  本件契約には、原告が支払った契約金及び実施料は理由の如何を問わず返還を要しない旨の約定があるから、本件実用新案登録が後日無効となったからといって、契約金及び実施料の返還を要しないことは明白である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1ないし3並びに本件契約に原告が支払った契約金及び実施料は理由の如何を問わず返還を要しない旨の約定があることについては、当事者間に争いがない。

二  原告は、本件契約が締結されるに至った経緯を述べた上、本件契約は、前記の契約金及び実施料の不返還の約定を含む全体が錯誤により無効である旨主張する。しかし、仮に契約締結前の交渉の段階において原告主張のような経緯が存したとしても、原告が右主張中で自認するとおり、原告は、被告と同業他社との間に本件実用新案登録の有効性について紛争が存在し、既に無効審判の請求がされていたことを認識していたばかりか、自らもその有効性について疑念を有していたというのであるから、それにもかかわらず、最終的に本件契約を締結するに際し、前記の不返還の約定について合意したことからすれば、原告は、この約定により、将来本件実用新案登録について無効審決が確定することがあっても、既払の契約金及び実施料の返還を受けることはできなくなることを当然認識していたものと認めるほかはなく、証人松下卓郎の証言中右認定に反する部分はこれを措信しえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。したがって、右不返還の約定においては、本件実用新案登録が将来無効となる場合を合理的に予期しうる事態として認識したうえ、支払ずみの契約金及び実施料の返還を要しない旨が合意されたものというべく、原告の本件契約締結の意思表示に錯誤があったものと認めることはできない。

三  原告は、予備的に、合意による返還請求権の存在を主張するが、その主張に係る砥上峰次の言が、本件実用新案登録が無効とされた場合に契約金等を返還することを約するものであると解することは、それ自体困難である上、仮にそのように解することができたとしても、その後締結された本件契約に前記の不返還の約定が存在する以上、最終的には原告主張のような返還の合意はされなかったものと認めるのが相当であ(る。)《証拠判断省略》

四  以上のとおりであるから、原告の不当利得返還請求権、予備的に合意による返還請求権に基づく本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 川島貴志郎 大橋寛明)

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